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東京地方裁判所 平成9年(ワ)1596号 判決

原告

三橋正博

ほか二名

被告

渡邊敦志

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告三橋正博に対し、金三九万八六五四円、原告三橋優、原告三橋学に対し、各金一九万九三二七円、及びこれらに対する平成七年三月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、各自、原告三橋正博(以下「原告正博」という。)に対し、金一一九四万〇三一五円、原告三橋優、原告三橋学(以下、それぞれ「原告優」、「原告学」という。)に対し、各金五九七万〇一五七円、及びこれらに対する平成七年三月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、交通事故により死亡した被害者の遺族である原告らが被告に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実等」という。)

1  本件交通事故の発生

訴外三橋納津美(昭和二五年九月五日生。以下「納津美」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により平成七年三月一四日死亡した(当時四四歳。甲二)。

事故の日時 平成七年三月一四日午後六時一四分ころ

事故の場所 千葉県千葉市美浜区高浜四丁目一二番二号先交差点路上(別紙現場見取図参照。以下、同交差点を「本件交差点」といい、同図面を「別紙図面」という。)

加害車両 普通貨物自動車(千葉八八あ二八七四。冷凍冷蔵車)

右運転者 被告渡邊敦志(以下「被告渡邊」という。)

被害車両 原動機付自転車(千葉市ほ四三二三)

右運転者 納津美

事故の態様 被害車両が路外から本件交差点内に斜めに進入したところ、折から右方から直進進行してきた加害車両が被害車両に衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  責任原因

被告渡邊には、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条に基づき、また、被告牧野運送株式会社は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、納津美に生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  納津美と原告らの関係等

原告正博は、納津美の夫であり、原告優、原告学は、いずれも納津美の子である。

原告らは、法定相続分に従い、納津美の被告らに対する本件事故による不法行為に基づく損害賠償請求権を原告正博は二分の一、原告優、原告学は各四分の一ずつ相続した。

4  損害の一部填補

原告は、自賠責保険から二一〇〇万四一六〇円の填補を受けた。

三  本件の争点

本件の争点は、本件事故の態様と原告らの損害額である。

1  本件事故の態様

(一) 被告の主張

本件事故は、納津美が対面する信号機が赤色を表示していたのにもかかわらず、これを無視して本件交差点に進入したために発生した、納津美の一方的過失に基づくものであり、被告渡邊に過失はなく、加害車両に構造上の欠陥及び機能上の障害はなかったから、被告会社は、自賠法三条但書により免責である。

仮に、被告渡邊に過失があるとしても、納津美には右の過失があるから、納津美の損害額を斟酌するに当たってこれを斟酌すべきであり、少なくとも八〇パーセントの減額をすべきである。

(二) 原告の認否及び反論

本件事故は、加害車両が時速六〇キロメートルをはるかに上回る速度で進行した上、直線で見通しがよいのにかかわらず、前方を注視せず、また、警笛吹鳴や減速等の事故回避措置を全くとらなかったことにより発生したものであり、被告渡邊の過失は重大である。

納津美の過失割合は、せいぜい四〇パーセントに過ぎない。

2  原告らの損害額

(一) 原告らの主張

原告らの損害額の算定方法は、被害者救済の観点から次の(1)ないし(3)の合計額である五七五〇万九二一三円から前記自賠責保険金を控除した金額に過失相殺として四〇パーセントを減額し、これに(4)の弁護士費用を加算する方法によるべきである。

(1) 葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

(2) 逸失利益 三四三〇万九二一三円

納津美は、本件事故当時、家事労働に従事しており、本件事故に遭わなければ、今後六七歳までの三三年間にわたり少なくとも賃金センサス平成七年女子労働者学歴計四四歳の平均年収額の三六三万三七〇〇円の収入を得ることができたと推認されるので、右金額を基礎とし生活費を三〇パーセント控除して、死亡時の逸失利益の現価をライプニッツ方式により算定すると、前記金額となる。

(3) 慰謝料 二二〇〇万〇〇〇〇円

(4) 弁護士費用 一九七万七六〇〇円

(二) 被告の認否及び反論

原告の損害額及び損害の算定方法については、いずれも争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様(過失相殺)について

1  前記争いのない事実等に、甲三、五、六、八、九、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の状況は、概ね別紙図面に記載のとおりである。

本件交差点(スーパー稲浜ショップ前交差点)は、千葉県千葉市美浜区(以下特に断らない限り、同市同区を指す。)稲毛海岸方面から高浜七丁目方面に向かう片側二車線(各片側幅員一〇メートル、第一、第二車線とも幅三・四メートル。なお、外側線として幅二・八メートルが設けられ、白色実線の標示がされている。)の市道(通称海浜松風通り。以下「本件道路」という。)と、幸町方面から磯辺方面に向かう道路とが交差する、信号機により交通整理の行われている交差点である。

本件道路は、中央分離帯により上下線が区別され、両側には歩道が設置されている。

本件道路の規制は、最高速度が四〇キロメートル毎時に制限されているほか、土曜、日曜祝日を除き駐車禁止の規制がされている。

本件道路には、障害物はなく、直線で見通しは良好である。

本件道路の路面はアスファルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、路面は乾燥していた。

本件事故後、本件道路の路面には、断続したスリップ痕二条と、擦過痕、血痕が印象されていた。

(二) 被告渡邊は、加害車両を運転し、本件道路の第二車線を稲毛海岸方面から高浜七丁目方面に向かい進行中、別紙図面の〈2〉地点において、対面する信号機の表示が赤色から青色に変わったのを確認し、同図面の〈3〉地点において、同図面の〈ア〉地点に被害車両を発見し、危険を感じてブレーキを掛けたが、同図面の〈×〉1地点において(被告渡邊は〈4〉地点)、加害車両の前部左側が被害車両の右側部と衝突し、そのまま被害車両を引きずる形となり、同図面の〈×〉2地点において、中央分離帯の案内板と衝突して停止し(被告渡邊は〈5〉地点)、納津美は同図面の〈イ〉地点に転倒し、被害車両は同図面の〈ウ〉地点に停止した。

本件事故により、加害車両は、フロントウインドガラス、フロントバンパー、左コーナーランプ、左前照灯、左コーナーパネル等が損傷し、合計五一万一六四〇円の修理費を要した。また、中央分離帯に設置されていた標識柱(口径七六・三ミリメートル、厚さ三・二ミリメートルの鋼管製)は、本件事故により、加害車両と衝突して倒壊したが、なお、同標識柱は、風速四〇メートルの風にも耐えられるように作られている。

(三) 訴外山崎敬(以下「山崎」という。)は、本件事故当時、別紙図面の本件交差点の歩道上の目地点において、対面する信号機の赤色表示に従い、納津美と並んで信号待ちをしていたところ(納津美は、同図面のバ地点)、納津美がバ地点から斜めに本件交差点内に進入し、同図面の〈×〉1地点において、加害車両と衝突するのを目撃した。

2  右の事実をもとにして、本件事故の態様について検討する。

(一) 本件事故は、信号機により交通整理の行われている交差点における四輪車と単車との出会頭態様の事故であるが(なお、証拠上、納津美の目的地が明らかでないが、甲三中の被害車両の本件交差点への進入経路によれば、被害車両の右折中の事故とも直ちに解し得ない。)、まず対面する信号機の表示につき、被告らは、加害車両の対面信号機の表示は青色であったと主張し、本件事故当日現場において実施された実況見分の内容を記載した実況見分調書(甲三)中には、これに沿う内容の被告渡邊の指示説明部分が存在する。

また、本件事故については、第三者である目撃者山崎がおり、山崎は、本件事故当時、本件道路の交差道路の対面信号機の赤色表示に従い、歩道上において納津美と並んで信号待ちをしていたところ、納津美が本件交差点内に進入し本件事故が発生し、その状況を歩道上で目撃したというのであるから(甲三)、これらの記載内容を総合すれば、本件事故当時、対面する信号機の表示は、被告渡邊側が青色、納津美側が赤色であったものと推認される(証拠上、本件交差点における信号現示サイクルが明らかでないが、本件事故当時、山崎が歩道上に留まっていたことからすると、少なくとも納津美側の信号が青であった可能性は低く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)。

他方、加害車両の速度について、前認定の事実によれば、本件事故当時、被告渡邊が被害車両を発見し、ブレーキを掛けてから停止するまでの間に少なくとも四九・七メートル(別紙図面の〈3〉ないし〈4〉が二二・二メートル、〈4〉ないし〈5〉が二七・五メートルであり、その合計)を要していることからすると、計算上(運転者の反応時間を〇・七五秒、路面の摩擦係数を〇・七とした場合の車両の停止距離は、時速六〇キロメートルで約三二・七六メートル、時速七〇キロメートルで約四二・一六メートル)、加害車両は、概ね時速七〇キロメートル程度であったものと推認される。

すると、本件事故は、納津美が対面する信号機の表示に従わず、かつ、右方から加害車両が接近していたのにかかわらず、本件交差点に進入したことを主たる原因として発生したものであり、この点に過失があり、他方、被告渡邊としても、制限速度を三〇キロメートル程度も上回る速度で進行したため、本件道路が直線で見通しがよいのに被害車両を発見して急制動したが即応できなかったものであり、この点に過失がある。

そして、納津美、被告渡邊双方の過失を対比すると、その過失割合は、納津美六〇、被告渡邊四〇とするのが相当である。

二  原告の損害額

(一)  葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

本件事故により納津美が死亡したことは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、遺族である原告らが葬儀を挙行したことが認められ、その費用は、納津美自身の損害と認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用として被告に負担させるべき金額としては一二〇万円と認める。

(二)  逸失利益 三一一〇万三六七一円

甲二、弁論の全趣旨によれば、納津美は、本件事故当時、主婦として家事労働に従事していたことが認められ(当時四四歳)、本件事故に遭わなければ、今後六七歳までの二三年間にわたり、少なくとも死亡時の賃金センサス平成七年女子労働者全年齢平均の年収額である三二九万四二〇〇円の収入を得ることができたと推認されるので、右金額を基礎とし、生活費を三〇パーセント控除して死亡時の逸失利益の現価をライプニッツ方式により算定すると、次式のとおり、三一一〇万三六七一円(一円未満切捨て)となる。

3,294,200円×(1-0.3)×13.4885=31,103,671円

(三)  慰謝料 二二〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、死亡の結果、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、本件事故による納津美の死亡慰謝料としては、二二〇〇万円と認めるのが相当である。

(四)  右合計 五四三〇万三六七一円

三  過失相殺

前記二2記載の過失割合に従い、原告らの損害額から六〇パーセントを減額すると、残額は、二一七二万一四六八円となる。

四  損害の填補

(一)  原告らが自賠責保険から二一〇〇万四一六〇円の填補を受けたことは、当事者間に争いがないから、右填補後の原告の損害額は、七一万七三〇八円となる。なお、原告らは、損害の算定方法につき、被害者救済の見地から損害額から自賠責保険金を控除した後に過失相殺をすべきであると主張するが、被害者と加害者の関係において、加害者側の既払金を過失相殺前に控除することは相当でなく、原告ら主張の算定方法は採用できない。

(二)  填補後の残額について

原告正博分 三五万八六五四円

原告優、原告学分 各一七万九三二七円

五  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を総合すると、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、原告正博につき四万円、原告優、原告学につき各二万円(合計八万円)と認めるのが相当である。

六  認容額

原告正博分 三九万八六五四円

原告優、原告学分 各一九万九三二七円

第四結語

以上によれば、原告らの本件請求は、被告ら各自に対し、原告正博につき三九万八六五四円、原告優、原告学につき各一九万九三二七円及びこれらに対する本件事故の日である平成七年三月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項本文を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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